株式会社Koinobori
HANDS-ON / 執筆:杉﨑(代表取締役)

9体のうち8体が音信不通になった夜、それでも仕事は終わっていました — 中小企業 × AI 経営(2026年8月)

担当者が突然いなくなったら、仕事はどうなるか。9体のAIに一晩で9本のツールを作らせたら、8体が完成の報告を残さないまま止まりました。それでも仕事は終わっていました。「報告」ではなく「成果物」で受け取る設計にしていたからです。

担当していた人が、ある日突然いなくなったらどうなるか。有給休暇でも、体調不良でも、退職の申し出でも構いません。その人の頭の中にしかなかった情報は、その日から誰にも取り出せなくなります。

社員数名の会社にとって、これは他人事ではありません。誰か1人が抜けたら止まる仕事が、実はいくつもあるはずです。

先日、これとよく似た場面を、一晩で9回体験しました。相手は人ではなく、9体のAIでしたが、起きたことは驚くほど同じでした。

8体が、報告を残さず消えた

自社で無料の Web ツール集を運営しています。ある日「今日中に200種類にしよう」と決めました。当時191種、足りないのは9本。締切は今日中です。

そこで9体のAIを同時に走らせ、9本を並行で作らせることにしました。

最初のつまずきは、AIのせいではありません。私です。指示の出し方に迷いがあり、走り出した4体を自分の判断で途中で止めてしまいました。止めた4体分の作業は成果ゼロのまま白紙に戻りました。迷いを抱えたまま号令をかけると、そのつまずきは人数分に増えます。仕切り直して、あらためて9体を動かしました。

作業は進みましたが、今度は利用できる時間の上限に達しました。9体が同時に食いつぶしたのですから当然です。結果、9体のうち8体が、完成の報告を残さないまま止まりました。画面には、8つの作業が中途半端に途切れた様子だけが残っています。

「今日中は無理だ」と思いました。8本分がゼロなら、200到達は翌日以降です。

念のため、ファイルを確かめてみました。すると、9本分のファイルは、すべて書き終わっていました。止まっていたのは作業そのものではなく、「終わりました」という報告のひと言だけだったのです。

「報告で受け取る」か、「成果物で受け取る」か

助かった理由は一つです。途中経過を報告で受け取るのではなく、成果物をファイルで受け取る形にしていたから。作り手が消えても、書きかけではなく書き終えたものが、共有の置き場に残っていました。もし「完成したら報告してね」という受け取り方しかしていなかったら、8体分の仕事は「なかったこと」になっていたはずです。

これはAIに限った話ではありません。人の仕事でも同じことが起きます。

よくある場面報告だけで受け取っていたら現物も共有させていれば
提案書を任せた担当が急に休んだ「どこまで進んだか」を本人に聞くしかないファイルを開けば、今どこまでできているか分かる
外注先に頼んだ作業「完成したら送ります」を待つだけ途中の成果物を見て、遅れに早く気づける
月末の締め作業担当が倒れたら締められない仕掛かりの記録を、誰でも引き継げる

どれも、情報を担当者の頭の中に置いたままにするか、共有の場所に置くかの違いです。誤解のないように書くと、報告そのものが悪いわけではありません。判断や相談は、報告でしか受け取れません。ただ、制作物のある仕事を報告だけで受け取っているなら、それは担当者の体調と勤務継続に、事業を賭けているのと同じです。

「拾って束ねる」を可能にした、たった1枚の決め事

とはいえ、ファイルさえ残っていれば済む話ではありません。8体が同時に消えても、互いの仕事を壊し合っていなければこそ、拾えます。

そのために、作業を始める前にやっていたことが一つあります。指示書を1通だけ作り、冒頭に「この文書が唯一の仕様である」と書いたことです。口頭の補足や思いつきの追加指示は、この1枚に書かれていない限り効力を持たない、という宣言です。

9体が同時に動くときの決まりは、次のように置きました。

指示書が2枚あると、必ずどちらか片方だけを見ている人が出ます。1枚に集約したことで、8体が同時に消えても、他の担当の領域を壊していないことが、構造上ほぼ保証されていました。

止まった8体分は、私が拾い、組み立てが問題なく通ることを確認し、代表的なページを実際に開いて確認し、最後に一覧への登録だけを自分の手でまとめました。共通ファイルには誰も触らせない、という決め事のおかげで、拾う作業は「壊れたものを直す」ではなく「できているものを束ねる」だけで済みました。

触らずに済む形に、逃がす

その日はもう一つ、判断が要る場面がありました。ツール集に新しいカテゴリを追加する作業です。カテゴリには色が紐づいていて、その定義は3箇所以上に分かれて書かれていました。1箇所でも書き漏らすと、全ページがエラーで表示できなくなります。過去に実際に落としたことがありました。

素直な対処は「3箇所とも正しく直す」です。しかし今回選んだのは、新しい色を作らず、既存の色を再利用することでした。触るファイルはゼロになり、書き漏らして事故る確率も、構造的になくなります。よく調べると、15あるカテゴリに対して色は12色しかありませんでした。「1カテゴリに1色」という前提自体が、そもそも幻だったのです。

事故が起きやすい箇所は、「正しく直す」より「そもそも触らずに済む形」に逃がすほうが強い。注意力に頼る仕組みは、疲れている日に必ず破られます。

一番大きい仕事ほど、束ねない

その日、あえて9本に入れなかったテーマも一つあります。事前の調査で、需要が最も大きいと分かっていた「敬語の言い換え」です。本来なら真っ先に入れたくなる候補でしたが、この日のウェーブからは切り離しました。

理由は、間違った断定をした瞬間に信用を失いかねない領域だったからです。9体を並行で走らせる日は、私が確認にかけられる時間が9分割されます。最もリスクの高いテーマを、最も確認が薄くなる日に混ぜるのは、順序が逆です。この1本だけは翌朝、他と束ねずに単独で作りました。

一番大きい仕事、一番失敗できない仕事ほど、忙しい日に他の仕事と一緒くたにしない。事故は、決まってそこで起きます。

その日の数字

その日、ツールは191種から200種になりました。ページ数は3,033から3,235へ。

もう一つ、この一件を助けたことがあります。前日に検査の仕組みを三層に整えたばかりで、その三層が9本の一斉検収で初めてフル稼働していました。全255ページを実際のブラウザで開く検査までやって、エラーはゼロ。機械が「全部見た、問題ない」と言ってくれるからこそ、拾って束ねる判断ができたのだと思います。検査の整備は、平常時の品質のためではなく、非常時に前へ進む勇気のためにあるのだと実感した一日でした。

もし社内に「1人が抜けたら止まる仕事」があるなら、明日できることは一つです。その仕事の途中経過は、いま誰の頭の中にありますか。 本人の中だけにあるなら、次に同じことが起きたとき、拾えるものは何も残りません。

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